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枕が恋しい日々

より視覚と簡潔さが求められる時代に適応できずにいるテキストブログ

内向的性格とその敵とは

今週のお題「行ってみたい時代」

 

ということで、題名には関係ないことを書いてみた。

 

性格診断というのをやってみたことは誰しもがあると思う。

自分というものは、意外と自分自身で自分の内面に気づくのはとても難しい。

というのも大体が気づかずに自分が行っている行動が相手に見られて、相手にとっては「そういう人だ」と認識されるのだから、

そこに自分の意志はないんだよね。気づくわけがない。

人は大体無意識の自分を見られているのだから自分自身がどういう人なんて、無遠慮をあえて言う優しい友達か、無神経な家族など、そういう人しか言ってくれない。

意外とみられている"ありのまま"の自分。

そこに自分の意識的に「こう見られたい」という行動が相手に伝わったり、伝わらなかったり、意図がバレたりするもんだから、

自分がどう見られているかなんて、聞いたって「いや、知らんて」と思うんじゃないだろか。

 

その点、性格診断なんて気楽でいい。

星座やアンケート、生年月日、手相、星の動きや人相で割り出してくれる。

実はこういう性格診断なんてのが好きで、Facebookで誰かがまともに見えるような心理テストとかやっているとよくやってしまう。

 

www.arealme.com

 

質問の後半からなんとなく追い込み漁に囲まれた魚の気分で連続的に性格を決めつけられていくけど、

結果的には"内向的な人間”と診断された。

まったくその通り、のような、釈然としないような結果である。

釈然としないというか、合っていたくはない結果だからだと思う。

 

 

就活の時にもさんざん言われたように、「コミュニケーション能力」が求められている時代だとつくづく感じる。

仕事が色々と舞い込んできて、優先順位をつけようにも分からない問題ばかりで対処法が分からない。

質問するとしても、「良い」聞き方が分からない。

まず自分なりに考えてから、と思うけれども、その途中でまた違う仕事の内容も考えるから混乱する。

先輩たちを見ると、簡潔に分からないところを質問して、どうすればいいですかね、と聞いている。

だから仕事が早く進む。

それが内向的な人間とやらにはなかなか難しくて、聞くことを遠慮するのと、そもそも今まで「人に聞いて仕事をしていく」ということをあまりしてこなかったのが響いている。

どの所属組織にいても、大体が特殊な位置にいたりして、好き勝手やってきたようなもんだから、改めて組織の中で働いていることというのが難しい。

あと、飲み会でも気軽に人と話すというのが本当に難しい。

目の前の会話が矢のように飛び交っていると、なかなかそこに入り込めないし、

そもそも矢が飛び交っていたら盾持ってすき間から「矢、すげえ飛んでるなぁ」と見ている人間には、そこに飛び込む勇気はなかなか持てない。

そんですき間から見ていたら「全然喋ってないよ!」とか矢を刺されて倒れるというね。

人にもよるんだろうけどなあ。

この前の飲み会では二次会から行く予定だったのだけど、

先輩から「バナナ買ってきて!」という謎のLINEが入っていたことに対して、バナナと青ネギをセットで買ってきたら意外と反応があった。

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そんくらい意味わかんないことしてもいいなら楽しめるのだけども。

iPhoneと間違えた振りしてポケットからバナナを取り出してみたりもした。それはあまりウケなかった。

 

 

 

内向的な人間というのは扱いが本当に難しいと思う。

なにせ外交的な人間が、相手に向かって喋ったりするのに対して、

自分のような内向的な人間というのは、しゃべったことに対して自分がどう思われるか、を気にすることが多い。

だから会話をしづらい。

対相手じゃなくて対自分だから、味方は自分だし、敵も自分だ。

 

 

 

社交的な性格になりたかったな、とつくづく思う。

それが形成されるのは、おそらく小さいころなんだろうな。

自分では小さいころはよく活発で喋っていたと思うのだけども、

親や兄からは「お前は小さいころからあんまり喋らないから何考えてるか分からんかった」と言われる始末。

兄がとても活発で、社交的な人間で、なおかつ兄とは正反対の性格になろうとしていたから、

まったくの正反対の性格になった。つまり、あまり自己主張はせず、おとなしくいようとする、内向的な人間になるはじまり。

人とかかわるよりも、自分がどうしたいかの方が大事にしていたな。自己中心的というのは、おとなしいとは関係ないんだよね。

 

お題のタイトルにあるように、「行ってみたい時代」と言われたら、

内向的性格進行前の、おそらく小学校4年生の半ばあたり、

自分でオリジナル漫画描き始めて、小学校の「漫画クラブ」に入る前の「少年時代」に戻りたい。

そして、両手を肩にかけて、少年時代の自分の目をまっすぐ見つめてこう言いたい。

 

 

「いいか、カズヤくんにはな、自分の漫画に出てきたドラゴンのキャラをパクられたくらいで小学生時代2回くらいしかないマジ切れをするんじゃないぞ。そもそもお前の漫画の主人公のザックくんは3つ上の兄が描いていたオリジナル漫画のライトくんのモロパクリということを忘れるな。許してやれ。」

 

 

内向的な人間の少年時代は、きっと濃いネズミ色の歴史に彩られているんじゃないかと、周りの人もきっとそうだろうと、勝手に思っている。